ひとりぼっちの誕生日
11月、何かと誕生日の人が多い印象がある。
自分の誕生月だから、「誕生日」という言葉に敏感になるだけなのかもしれない。
今日、同じ職場の年上の後輩が、誕生日だった。
おめでとうをもちろん伝えたが、
その人は一人で誕生日を過ごしているらしい。
それが、その人の意思によるものかどうなのかはわからないが、
私はその時、当たり前のようにその人を憐れんでしまった。
冷静に考えると、誕生日だからあえて一人でゆっくり過ごしたい、という人がいたって
何も不思議ではないのに。
私の中で、誕生日=誰かと過ごす日というのがデフォルトになっている証拠だ。
思い返せば、生まれてから32回、誕生日を過ごしたが、
おそらく私は一回たりとも、その1日を一人で過ごしたことはない。
必ず、家族か、友人、彼氏のいずれかが隣にいて、盛大に祝ってくれたと思う。
当たり前に、絶対この人は私の誕生日を、一緒に祝ってくれるという
それくらいの距離感の人が周囲に毎年いてくれた、ということになる。
これって、実はすごいことではないか?とさっきシャワーを浴びながら
しみじみ思った。
誕生日どうやって過ごそうなどと考えたことがない。
私はなんて愛されて幸せに生きてきたのだろうか。
親さえも信用できずに育つ人もいる。
育ってきた環境の中で他人を頼れない人もいる。
改めて今年の誕生日は両親に最大限の感謝を持って
「産んでくれてありがとう」と心から言えそうだ。
ありがたい。
私の周りに家族以外の大切な人がいるのも
両親含め先祖が積んできてくれた徳のおかげなのだ、と思う。
私の人生で愛されなかった時がない。
私もその代わりに周囲の大切な人を、深く愛していきたい、と思った1日だった。