好きです、札幌。

札幌を紹介するためのブログではありません・・・。

楽しいと楽しむは違うよ

 

最近、30代になってから感じること。

人生を楽しもうとしている自分がいる。

 

今まで生まれてからつまらないなんて思ったことない。

もちろん退屈なんて日もたくさんあるけど、

その記憶をかき消すくらい強烈に刺激的な、楽しい日がある。

 

だから今までの人生、総じて楽しかったと思う。

 

ただ、その楽しいは、そんなに前のめりで掴み取ったものじゃない気がする。

 

周りにいる人たちだったり、環境だったり、

自分の意思や努力は関係なく、楽しいことがあったりすることの方が多かったのかもしれない。

 

30代になって、大人になって思うことは、

人生の中で無駄なことが段々削がれている感じがする。

 

人脈だって広く浅くよりも深く狭くを望むようになったり、

新しいものを無闇矢鱈になんでも触りたいというよりは、

知っているものの良さをさらに深めたい、というような感覚がつよい。

 

そんな自分の「コンフォートゾーン」が確立されればされるほど、

刺激からは遠い生活ができていく。

 

だからこそ我々大人には、より、「楽しむ」という姿勢が必要な気がする。

 

自ら前のめりに、何かをしっかり自分のものにするように噛み締めるように

「楽しむ」のだ。

 

最近はこの概念を理解し始めたので、

昔みたいになんでも「めんどくさい」とは思わなくなった。

 

若い頃は気だるくてめんどくさくて、別に今じゃなくてもいいっていう気持ちが強かった。

でも今は、そのチャンスや機会の尊さを理解しているからこそ、

「よし、やろう」とフットワークが軽くなっていく気がする。

 

だから、結論としては、楽しいと楽しむっていうのは違うことだと理解すると、

人生もっと楽しめるのかもしれない。

 

 

 

ないものねだり

 

毎年、毎年、夏祭りや花火大会が必ず開催されていて、

家の目と鼻の先でやっていても、あまりウキウキワクワクしたことがなかった。

 

なぜ、こういうイベントごとに熱中する人たちがいるのか、あまり理解できなかった。

 

でも、今年は、すごく飢えている。

 

ハッピーオーラが漂う場所の雰囲気にすごく飢えている。

 

今ならわかる。

何をやるかが問題ではないのだと、

誰とどんな気持ちになりたいのかが、大切なのだと。

 

人の目などを気にせず、

その人と私と、世界にどっぷり浸りながら雰囲気に酔う。

それがイベントの醍醐味なのか、と。

 

来年はお祭りも花火大会も絶対に行く。

 

本当につくづく人間というものはないものねだりの生き物なのだな、と思う。

 

そんな自分がとっても可愛らしく思えるのだ。

 

コロナのおかげで少し素直になれている部分もあるのかもしれない。

 

楽しいことが、我々には必要だ。

オリンピックなのかコロナなのか

 

私は、札幌の街中、ど真ん中の服屋さんで働いている。

ターゲットは主にミセスの女性だ。

 

コロナが始まってから、「客数」というものを通して

その影響をずっと肌で感じてきた。

 

感染者数増加のニュースが増えれば、

わかりやすく街から人がいなくなり、

ワクチンなど希望を持てるニュースが聞こえてくると、

少し人出が増え、比例して売り上げも上がったりしてきた。

 

この1年半を振り返ると、

何度も一喜一憂してきたと思う。

 

自分の生活や仕事が脅かされると、

夜眠れなくなったり、なんのために働いているのだろう?と仕事が憂鬱になったりもした。

 

あぁやっとコロナが終わるんだな、と希望を感じると、

コロナ終息後の生活について考えてワクワクしたりもした。

 

そして、今。

札幌の大通は、オリンピックのマラソンに向けて

交通規制や会場整備など、着々と準備が勧められており、

準備が進むにつれて、なんだかものものしい雰囲気が漂っている。

街中には、ステイホームで応援を、という赤いメッセージのポスターが

たくさん貼られている。

 

4連休が終わってからというのもの、お店の暇さは、過去最高ではないのか?と思うくらい

人がいない。

 

コロナの感染者数が増えているからなのか、

オリンピックで大通というエリアを避けているからなのか、

北海道にしては異例の猛暑のせいなのか、

 

もはや何が理由なのか、

人々が何を考えているのか、全くわからなくなってしまった。

 

コロナが始まって以来、一番心が沈んでいる。

 

ワクチンの接種券が届いた。

札幌市の予約開始日は未定になっている。

毎日、外は快晴の青空だが、心はずっと曇っている。

オリンピックに乗り切れない

 

日本、いや、世界的?

多くの人がオリンピックに熱狂しているのだろうか。

 

あれだけ、「本当にオリンピックやるの?」という雰囲気が漂っていたのに、

いざ始まると、朝から晩までオリンピックの話題で持ちきりだ。

 

そりゃ、やるとなれば、頑張っていただきたい。

今や、コロナの感染者数やワクチンの話題よりも、圧倒的にオリンピック。

 

私は、毎朝のニュースでオリンピックの結果を知るくらいだ。

全くオリンピックウェーブに乗り切れていない。

コロナだからとか、政治的な理由は全くない。

 

単純にスポーツというものに、興味関心がわかないのだ。

 

決して嫌いじゃない。

なんだかんだ見たら、選手のひたむきな姿に感動することもある。

 

ただただ、あの試合とかゲームのハラハラをリアルタイムを見ているのが辛い時がある。

 

ドキドキに耐えられない。

 

選手の気持ちに共感しすぎるのだろうか?

 

だからオリンピックの波に全く乗れていないので、

少し非国民にになった気分で、

オリンピックに熱中している人とかなり温度差を感じている。

 

札幌でもマラソンが行われる。

 

じぶんの街で選手たちが走っているのを見ると、やっぱり感動したり興奮したりするのだろうか?

 

オリンピックでも毎日仕事はある。

 

なんだかんだ、あっという間に終わってそうな気もするな。

みんなのストレス発散法

 

先日、昼からお酒を飲んだ。

彼も一緒に飲んだ。

他にも何人か友達がいたのが、昼から飲むと時間が長いので、

みんないい感じに酔っ払っていた。

 

私はシラフの時も、お酒を飲むときも、

そんなに変わらない。

 

32年生きてきて、

若い時は、やっぱり誰に対しても本音が言えなかったりで、

抑圧してきた時期もあったが、

 

今は、それなりに空気も読みながら、

要所要所で自分の意見も言えるような処世術を身につけてきたと思う。

 

まだ20代の彼やお友達を見ていると、まだまだ処世術が身に付いていないようで、

酔っ払うと出てくる出てくる、シラフでは言えない本音。

 

私は、その時々出てくる毒がちょっと怖くて、

いつかどこかで一髪触発するのではないかという不安と、

これが彼らの本音なのかと思うと、普段どれだけ色々なことを飲み込んでいるのか、という事実に戸惑うのと。

 

でもきっとこれが普通なのだろうなと思う。

私は、たまたま環境や人に恵まれたから、自分をそこまで抑圧することなく生きてこれたけど、

きっと大体の人がそこから抜け出せないのだろうと思う。

 

自分の大切な人にはもっと楽に生きてほしいと願う。

4連休が終わって・・

 

短いようで長かった4連休が終わった。

 

残ったものは、絶賛疲れとむくみだ。

 

野菜を食べていない、気がする。

お肉ばっかり食べたからか、内臓が疲れている、気がする。

 

生理前もあって、むくみがすごい。

2キロ増えた体重は気のせいだと思いたい。

 

今日は絶対節制すると決めて、

モンスターを飲んで、カフェインの大量摂取を決めている。

 

加えて、昨日は寝付きが悪かった。

隣に酔っ払いがいたからだ。

 

今思えば、やっぱり生理前だからか、すごく匂いに敏感になっているかもしれない。

 

ちょっと朝から気持ちが悪い。

 

さぁ、今日からまた日常が始まる。

 

切り替えて、張り切って仕事をしよう。

落ち着く居場所

 

彼と暮らし始めてから1ヶ月半が経とうとしている。

 

毎日が平和だ。

喧嘩がない。

お互い多少のストレスはあるのかもしれないけど、

「好き」という気持ちがあるから、お互いに順応しようと自然と動けている気がする、

 

不思議なことに、たった1ヶ月半だが、

実家に帰ると、もうここは自分の居場所ではない、という感覚がある。

何も変わらないはずなのに、落ち着かないのだ。

帰るべき場所が他にあるという感覚だ。

 

何を持って「落ち着く場所」になるのだろうか?

 

物理的なものなのか。精神的なものなのか。

 

自分でもたった1ヶ月半でこんな変化が出るとは思っていなかった。

最初の頃に心配していた寝付き問題も、

今ではすっかり熟睡できるようになった。

 

彼はすごい。

私のペースをいい意味で崩してくる。

「せねば」「すべき」という何か義務感を強く感じてしまう私のペースを

いつも期待以上に乱して崩してくる。

 

あ、そうか。家ではこうやって肩の力を抜いてもいいのか、と最近やっとわかってきた気がしている。

 

彼は、自分でも気づいていない以上に私に影響を与えてくれている。

 

人と人が出会って、生活を営んでいくというのは、

本当に目に見えない色々なインパクトを生んでいるのだな、と思う。

 

人は一人で生きていけるのかもしれないけど、

一人じゃない方が、想像していなかったことに出会えるのではないか、と最近つくづく思う。

 

だから出会いは大切にしたいのだ。